自己評価が高いが不安定なタイプ
自己愛に満ちていて、周囲の人間から愛される人でも客観的な仕事の能力がないと、重要な仕事は任せてもらえない。
重要な会議にも参加できないし、発言も重用されることはない。
愛されると言うことと、仕事の能力があると言うことは、別の能力であるため、こういうことが起こる。
しかし自己愛がある人というのは自己評価が高いため、重要な仕事を任せてもらえないのはおかしいと訴える。
「自分は愛されている」という実感からくる自己評価が、能力肯定に波及して「自分はできる」になってしまうらしい。
ところがそうやって駄々をこねて仕事を任されても、能力がないわけだから、途中で放りだしてしまう。
最後まで根気よく取り組むと言うことができないため、結局は周囲の者がその仕事を手伝ったり、替わりにやる羽目になる。
そして締め切りや納期が決まっている重要な仕事は、仕事を途中で放り出す人間には任せられないので、もう二度と重要な仕事は回ってこなくなる。
逆に、仕事はできるが、自己愛に欠けている人というのもいる。
ばりばり仕事ができるため、自分はすばらしい人間だと思っているが、異性や家族から受ける扱いは良くない。
「仕事ばかりして、恋人や家族を省みない」…などと言われてしまうタイプだ。
仕事ができることで自己評価が高くなっているため、それが自己愛に波及して「自分は愛される価値がある」と思っている。
しかし自己愛と能力肯定は別の評価基準なので、異性や家族からは全然評価されていない。
これらの二つのタイプの人は、自己愛と能力肯定のバランスが悪く、「自己評価が高いが不安定なタイプ」になりやすい。
自己評価が高いが不安定な人は、自慢話が長い
自己評価は高いが、不安定な人というのは、自己評価を保つために、膨大なエネルギーを消費するという。
というのも自己評価が不安定な人というのは、自己評価と客観的評価に大きな差があり、それを埋めなければいけないと思うらしい。
そして「自分が有能なことを、知らせるために」、長々と自慢話をするという行動に出る。
自分に対してどこかしら不安を感じているので、自分の優れた点や過去の成功について、常に誰かに話さないと、気持ちが落ち着かないらしい。
そして批判や反対意見には敏感で、さっきまで自信満々で話していたとしても、突然怒りをあらわにして相手に攻撃し始めたり、何が何でも徹底的に相手をやり込めようとする。
自己評価は高いが、客観的な実力はさほどないので、少しでも失敗したり、批判を受けると、全面的に否定されたような気分になるのだ。
周囲から愛されてはいるが、仕事ができない人が、責任を任されたり重要な会議に参加させてもらえないと、自分にも仕事をやらせろと猛抗議するのは、自己愛によって自己評価が高いため、仲間はずれが不当だという怒りが生じているのだろう。
家族から家庭を省みないと言われたお父さんが、「誰のおかげで生活できているんだ」と怒鳴るのも、仕事ができるという能力肯定で自己評価が高いため、その扱いは何だ?という怒りからくるものらしい。
自慢話が長くて、ちょっと批判されると猛烈に怒り出す、というのは、非常にわかりやすいタイプだね。